あれは生命の最大の肯定

hihumiyo.net
※みてないけどスマホダイジョブなのかこれ。。

『流動体について』が良すぎました。
最近の自分には「CDを買う」と言う行動が復活してて、
ここ数ヶ月で4枚ほどポンポンと購入してます。

で、大事なのはiPhoneに落とさないこと。
CDプレイヤーは流石に持っていないので、
DVDプレイヤーでそこそこのスピーカーに繋いでその時だけ聞いております。
(アナログ、、はわたしがハンパな音楽好きなので場所とって面倒なんです。。)

で、iPhoneに落とさないのはなんでなんだろうと言う話をしますと、
「流れているのに聞いていない時」をなくしたいんですよね。

ありませんか?
移動中イヤホンから流れているのに、
別のニュースを見ている時、
SNSのコメントを返している時、
仕事のメールを返している時。


音楽ってこの時間にすり減っているな~。
って言うことはずっとずっと思ってまして。
その時間に音楽からBGM、あるいはそれですらない電気信号になってしまって、
いつの間にか聞いてもなんにも感じなくなってしまう。


何となくですが、「音楽は何も変わっていない」
ってことをそろそろ言い始める時期なのかなと言う感じがします。
※こんなおおげさな話はここに書いてあったから言い出せる。

realsound.jp
音源のあり方とかビジネスモデルとか、
進歩のための実験だと言えばそれまでかもしれないけれど。
いい加減音楽家に対する敬意を見直してもいいのかなー。
やっぱり聞くだけ人でも音楽のどこかは担っているんだと思います。


例えば晴れた休日に部屋の掃除をしながら、
楽しい一日を始めようとするその瞬間に流れていて欲しい音楽。

 

“僕は思う!この瞬間は続くと!いつまでも”


小沢健二の見せない宝石のようなみたいな慎み深い肯定感は、
このころからなにも変わってなかったのでした。

いた人が、いなくなったということ

2017年2月1日、おばあちゃんが往生を遂げました。93年の生涯でした。

身近な人の喪失は、一番直接的な我が身を振り返る機会ですので、
考えたことをひとつここにまとめておこうかと思います。
(いや、というよりは、「書かずにはいられない」と言う気持ちのほうが正直で正確かもしれません。)

これまでも体調を崩しがちなタイミングはあったのですが、
昨年の末にいよいよ、と言うか「もう桜は見られないと思う」と母親から連絡が入り、
二ヶ月ほどしたあとの知らせでした。
※私の母親は長く看護師を務めていました。命日は母親の予想と三日とズレていなかったようです。

葬儀に関しては職場にご理解いただき、納棺から、通夜、葬儀、初七日(略式)と、
ひと通り、参加することが出来ました。この場を借りて改めて感謝いたします。




葬儀の二週間前に一度、帰郷することが出来、(結果的にですが)今生の別れをすることも出来ました。

おばあちゃんに会えたのは病院のベットで、
おみやげのジャムを食べてもらったり(固形物はもう口に入らない状態でした。)
体を抱き寄せさせてもらったり、ただ、目を合わせて、言葉ではないやり取りをしてきました。
抱き寄せたおばあちゃんは、ほんとうに小さく、「小さくなったのはボクに全てをくれたから」という『東京タワー』の描写を思い出しました。
会話もいくつかだけ出来たのですが、、私ここかなり強烈に刻まれたことだったんですけど。
こんなタイミングでもおばあちゃんが言う事って、普段と全くおんなじだったんですね。

「今日は泊まってかんがけ?(いかないの?)」
「ひどいがにつかえんかったねぇ(来るのが大変なのに来てもらって申し訳なかったねぇ)」
「あいそんなかったねぇ(充分にもてなせなかったね?)」
「ケガせんと、いっしょうけんめいはたらかれ」

「おっきなった、、おっきなった、、、」

なんでおばあちゃんは、、、
こんなタイミングでも、自分が痛いとか、苦しいとか、一言も言わないんだろう。
自分がもし、おばあちゃんのように年齢を重ねても、ああいう風になれるとは到底思えなくて。
帰り道、母親が、
「おばあちゃんみたいな人はおばあちゃんしかムリ。」
「あんた『この世界の片隅に』観たいうとったやろ。あの時代の人いうことやちゃ。」
と言っていました。それなんだかわかる気がするんです。
(あぁ。すずさんとおばあちゃんはほとんど同い年なんだ。)と。
わからない。決してわからないんですけど。なんとなくは。
(そう考えると能年玲奈もすごいなぁ。観てない人観てみてください。)




すこし、私とおばあちゃんの話をさせていただくと
私の家がそもそも共働きでして、母親は看護師で帰りも遅いということで、
夏休みの期間はまだ小さいわたしが一人になってしまうと。
なのでその間だけ母方の実家に居候をしていたんですね。
「夏休みになったらおばあちゃんと一ヶ月過ごす」
小学生の時はそういう日々を送っていました。

おばあちゃんって本当にすごい人で、僕はただ、100%かわいがってもらうだけの存在でした。
兎に角おばあちゃんにはめんどくさがられた記憶がただの一瞬もありません。
ただの瞬き、表情、口調、一瞬も負の感情を僕に向けたことがなく、ただただ愛情を注いでもらいました。
この世に絶対的なものがあるのだとしたら、それがおばあちゃんでした。

“穏やかで優しく家族の幸せを守ってくれる人でした”
これは新聞のお悔やみに書かれた言葉です。
わたしの母と叔母が二人で(要はおばあちゃんの娘二人ですね)考えた言葉なのですが、
本当に、一字一句、何の過不足もなく、おばあちゃんのことを表している一文です。

おばあちゃんがいるから、今の自分がここにいるということ。
単純に、血縁の話としてもそうなのですが、
もっとこう、なんて言えばいいんだろう。なにか絶対的なものをくれたということ。
それは誰にもさわれない。何があっても消えることのない何かです。

また、これは納棺式、通夜、葬儀への参加を通して、少しづつ整理できてきたことなのですが、
今まで「おばあちゃんをおばあちゃんたらしめていたもの」は、おばあちゃん自身の肉体だったのですが、今はもう、それがまわりのみんな、おばあちゃん以外全員の記憶にうつったんだなと思いました。

もっと言うと、
今自分自身が「おばあちゃんをおばあちゃんたらしめていたもの」の一端を担っているということです。私が忘れなかったり、宿してもらったものを伝えていけば、おばあちゃんはまだまだ続くということです。



改めて、納棺式、通夜、葬儀、初七日まで、すべての儀式に参加することが出来て本当に良かった。
今生の別れが出来て、本当に良かった。荼毘に付す場に立ち会えてよかった。
もし何かひとつでも抜けていたら、「まだお別れをしたくない」という、ズレた思いも抜けきらず、
「継ぐこと」をここまでしっかり意識が出来ていなかったかもしれません。

大げさにいうと「人は、死ぬとどうなるのか」ということが、少しくらいは理解が出来た気がします。



冒頭の「往生を遂げる」と言う表現ですが、お経をあげてくださった僧侶のご講話の中にあったものでした。
浄土真宗の教えに沿った言い方、ということで、逆に「永眠する」「安らかに眠る」言った表現は使わないそうです。
間違っていたら非常に怖いとおもいつつ書くのですが、お坊さんが言っていたのは、
要はおばあちゃんは「地上での役割を終えた」ということだったように感じました。
「死んだらそれまで」ではなく、人の人生は自分の生き死によりももっと大きな流れの一部だということを言っているように聞こえました。
普段はお坊さんの話なんて「それっぽい顔してそれっぽい話をしているだけ」くらいに思っているのですが、
この話はしっかり頭に入ってきましたし、その考え方は私にとってとてもありがたいものです。
「めぐっていく何か」を信じやすくするお話でした。



最後に。

おばあちゃん。ありがとう。
おばあちゃん。ありがとう。

もらったもの。忘れませんので。
もらったもの。つないでいきますので。

いままでも、これからも、
おばあちゃん。ありがとう。

まだどこかで、会いたいな。








※最後の最後に
わたし、このエントリ好きなんです。
私のおばあちゃんもおなじく、自分の命以上に続いていく何かを持っていたと思うんですよ。

それはもう、納棺のときに40代から5歳までの孫とひ孫計15人の全員が号泣していたことが物語っているのです。
せっかくなので紹介させてもらいますね。

最期に見る夢をいくらで買いますか? - ベンチャー役員三界に家なし

2016年5つのおもしろかったこと

こんにちは。

2016年おもしろかったことです。

■音楽
teto
はい。これほんとにそうですね。
 
いちばん初めに聞いた時は
(このバンド10代の子メッチャ好きなんじゃないかなー。)
(まぁさすがに俺はもうこんなにエモくないけどなー。)
とか他人事のような感想を抱いていたのですが、
スイマセン。私、自分をごまかしてました。
気づいたらyoutubeを何度も何度も聞いて、通販でCDも買って、、
「今の私」がtetoのことを好きだったようです。


高層ビルと人工衛星 - teto

結局ライブにまで足を運んだのですが、
その中で活動を始めたのが2016年6月と言っていたのでまだ半年しか経ってない、、、
今はタワレコにもCD並んでるようで活動期間からするとものスゴいことですね。
銀杏BOYZの峯田君、andymoriの小山田君の系譜を継ぐ人?と言われているようです。
 
 
Yogee New Waves
 “目 が 見 え な くと も 姿 形 色が分かる
ようなことを探し求め コーラを飲み泣きじゃくった日々よ”
 
なんだこの歌詞。そんなにサラッと琴線に触れられたら困る。Aメロで。
 
彼らは音から受ける印象よりずっと若く、バンドの平均年齢はたしか20代中盤。
Yogeeの音楽を聞いて思い浮かぶ音楽はFISHMANSとはっぴぃえんど(細野晴臣)。

フロントマン角舘君の世界観と活動。点ではなく線で追っていきたいと思わせる人。


※「もうちょっと聞きたい」と思った人はこの曲↓がいいのではないか。

Yogee New Waves / Like Sixteen Candles(Official MV) - YouTube

■映画

この世界の片隅に(公式サイト)
ネタバレはしていませんが先入観を一切入れたくない方はここまでで。


『この世界の片隅に』(11/12(土)公開)本予告

今すでに各所で話題になってますが、
実際にものすごくものすごく良くて良くて良くて。
言葉で語ろうとすること自体が無駄に思えるくらい、多くのものが詰まっています。
それでもなんとか感想をひとこと言おうとするならば、
「この作品は家族ものなんだな」と言うことです。

誰もがもつ日常、暮らし、家族との営み。
ただそこに戦争が、あった。
 
目を覆いたくなるような描写もなくはないけれど、
それを含めてもこころの底からみて良かったと思える作品でした。

 

■ゲーム
SuperMarioRun
Super Mario Run

Super Mario Run

  • Nintendo Co., Ltd.
  • ゲーム
  • 無料

「どうやったらマリオをシンプルにできるか?」
宮本さんはそのことをずっと考えていたようです。

宮本茂氏、iPhone向け『スーパーマリオラン』は「アプリ内購入なし」や「ポケモンGOを意識」と語る - Engadget 日本版

宮本茂→TIME100にも選出されたことがある世界的に有名なゲームデザイナー

リリースのちょっと前に公開されたこの動画がとてもステキで。
 
 ・走る(RUN)喜びを端的にプリミティブに表現していること
  ※プリミティブ→「原始的」「素朴な」「幼稚な」という意味
 ・スマホ参入は新たな地平への挑戦であるという任天堂の意志
 
このふたつを感じることが出来て信者としてものすごく感動していました。

Super Mario Run

 
動画の最後のHere we go!!というフレーズが最高で、
これは歴史的な大ヒット作になるのではないかなぁ?
と考えていたところ、リリース後は見事な賛否両論。
※賛否両論って大体「否」が多いことのオブラートですがこれは本当に割れている

何故そうなるのかをいろいろ考えていたのですが、
大きいのはこの参照点という考えかなと思いました。

 
何かの値段を決めるようなことがあったら頭に入れておきたい考えですね。
 
以上です。
あ。動画を見ないと話が通じないものばかりになってしまった。
 
それでは。また。

2016年5つの買ってよかったもの

こんにちは。

2016年、買ってよかったものを紹介します。

 

■お料理

HARIO ( ハリオ ) フタ が ガラス の 萬古焼 土鍋 ご飯釜 N 3合 GN-200B

 

・炊きたてが食べたいこと

・キッチンのスペースを有効活用したいこと

 

を考えてこのお鍋にしてみました。

すごく簡単で、普通に研いで、火にかけて、笛がピーピー鳴ったら、火を止める。

※やかんについてる笛みたいのがついてるんです。

こんな感じで炊きあがっちゃうし、ハンパな炊飯器より格段に美味しいです。

 

バルミューダ スチームオーブントースター BALMUDA The Toaster K01A-WS(ホワイト)

 

タイミング的には旬ではないかもしれませんが、このトースター評判通りに素晴らしかったです。

パンはもちろん美味しいのですが、色々なレシピを公式で用意してくれています。

レシピ | BALMUDA The Toaster | バルミューダ

 この中のローストビーフがほんとに美味しくて満足度で言うと今年イチ高かったので、

すっかり会社自体のファンになってしまいました。これからの製品も期待してます。

 

一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案

一汁一菜でよいという提案

 

 

こちらは調理器具ではなく本。

「この人のレシピは信頼してる」って人が三人いるんですけども、

そのうちのひとりが土井さんです。

何よりこの本に書いてある考え方がものすごくためになりました。

ざっくりいうと、

「料理にもハレとケがあるんです毎日の料理はケなんだから、

具沢山のお味噌汁、おつけもの、ごはん、があれば全然手抜きじゃないです。」

ということが提案として書いてありました。

※ちなみにハレは非日常、ケは日常みたいなことです。

 

■音楽

 Fantôme/宇多田ヒカル

Fantôme

Fantôme

 

宇多田ヒカルって思い入れありすぎるのでそこは割愛するのですが、

↓タイムラインに流れてきたこの感じがすごく近いです。

 

活動休止を聞いた時、「全然いいでしょ」って思ってました。

宇多田ヒカルがいままでもっていなかった日常を手に入れて、

※「今まで、日常というものがなかった」と、本人テレビでおっしゃってました。

それでまたこんないいアルバムを聞くことが出来るだなんて本当にうれしいです。

一番怖かったのはあのまま突っ走ってすっかりズレてしまった宇多田ヒカルの歌を聴くことだったんだな~と改めて思いました。

 

KANDYTOWN <通常盤>/KANDYTOWN

KANDYTOWN <通常盤>

KANDYTOWN <通常盤>

 

HIPHOPのことは全然知らないんですけど、

Shing02、THA BLUE HARB、Rhymester、RIPSLYME、GOKUGREEN、SARUなどは聞いていました。

でも、HIPHOPってなんというかハラオチしてなかったんですよね。

「ROCKな瞬間」は身体でわかるんですけど、

HIPHOPの魅力」って言われるとなんというか借りてきた猫感。

 

でもこれ聞いてちょっとわかった気がします。

ひょっとしたらもう私のHIPHOPはこれだけでいいかもしれない。

それくらいかっこよくて衝撃を受けました。

 

もうちょっとありますのでまた書きます。

ではまた。